平成30年北海道胆振東部地震を経験して。1日目

札幌はそれほど地震の多い土地ではない。
せいぜい揺れて震度3。
直下型地震が起こるかもしれないとは言われてはいたけれど、「〜かもしれない」は日本のどこでも可能性があるのでそれほど深刻には考えていなかった。
地震前夜。北海道は台風21号の影響で暴風雨となり、風によって家が持っていかれるのではないかと思うほどだった。
やはり多くの木が倒れたらしい。
札幌市内は全ての交通機関がストップした。
デパートやスーパーも午前中は閉店するお店が多かったようだ。
夜、札幌の空には雷が大きな音を鳴らしていた。
台風21号の名残なのだろうと思った。
気温が滞り、蒸し暑さが残っていた1日だった。
日を越え布団に潜る。
どのくらい眠ったのか。目が覚めた。音がしたのだ。
時間を確認しようと時計を見ようとすると、スマホからけたたましい音が鳴った。
ほぼそれと変わらないぐらいの早さで床が揺れ始めた。
いつもならおさまるだろう揺れからさらに揺れる。
経験のない揺れに混乱する。
恐怖で体がピリピリと震える。
「死ぬかもしれない」10秒。20秒。その短い間隔で本気でそう思った。
揺れが止まり、電気を点けようとするが点かなかった。
停電だ。
懐中電灯を探し、ラジオを点ける。
震源地と震度を確認する。
札幌は震度5。
これが震度5の揺れなのかと意識をした。
お風呂と鍋に水を溜める。
家の中のドアを開け、窓を開ける。
自家発電をしている建物は微かな光を出していたが、外は見たことのない暗闇だった。
北海道全域停電であることがラジオから流れる。
東日本大震災以降、泊発電所は泊まっているが、今まで何で電気が点いていたのかとふと考えた。
何かはわからないが、北海道全域ということはそう簡単に復旧はしないと何故か思った。
ということは、スマホの電池は死守しなければいけない。
携帯充電器はあるが、停電が続けばいつかは切れてしまう。
SNSからの情報収集はなるべく控え、ラジオから情報を収集しようとするが、流れてくる情報は変化がなく、ラジオの向こう側もテンぱっているのがわかる。
パーソナリティの動揺に影響されそうになったので、日の出の時刻を確認するとラジオを切った。
少しずつ夜が明けてきた。
少しずつ家の中の様子も見えてきた。
小さな物が幾つか落ちている程度だった。
夜が明け始めたところで、自分の安全が確認でき、長い1日になるだろうと思い寝ることにした。
2時間ほど眠り、ラジオを点けるも情報の変化はあまりない。
スマホには道外の友達からの安否確認の連絡が入る。
ラジオひとつの音がとても大きく感じた。
通電していないということはこれほどまでに静かな世界を作るのかと意識した。
札幌市内に住む友達と連絡を取るとみんな寝るとか読書をするとか似たような感覚の人達ばかり。
中にはスーパーやコンビニに急ぐ人もいたが、本能的危機感から無意識にそうしてしまうのだろう。
時折ラジオを点けながら、読書をする。
だけど、やはりスムーズに頁は進まない。
昼食を食べるとまた読書。そしてラジオを点ける。その繰り返し。
ラジオから日の入りの情報が流れてきた。
余震が大きくその回数も多かったので、危険だからと蝋燭は付けないで欲しいと言うが、電池も大切に使わなければいけない。
明るいうちに蝋燭の準備をする。
日が暮れ始め、家の中が薄暗くなってきたので外に出た。
近所の人達と話をする。
真っ暗闇になる前にと、夕飯を食べ、窓辺に座りラジオを聞いた。
電気の復旧の見込みがわからないので寝るしかない。布団に潜る。
SNSを開くと星空が綺麗だという投稿が流れてきた。
外に出て空を見上げる。
驚くほどの綺麗な星空に思わず声が出た。
札幌の空にもこれほどの星があったのか。
日頃使っている電気は本当に必要なのだろうか、そんなことを考えた。
家に戻ると布団に潜りSNSを開く。
スマホというか、SNSの依存度に自分のことながらガッカリする。
暗闇の中にふと違和感を感じる。
家の外に電気の気配。
電気が復旧した。
通電火災を防ぐためにブレーカーを落としていたので、ブレーカーをあげ、必要のないコンセントを抜く。
テレビを点け、北海道は一体どうなっているのかと確認をした。
すべての情報を今取り込むのは危険だと感じた。
東日本大震災の時もテレビを見過ぎて具合が悪くなってしまった。
必要な情報だけを視覚で確認するとテレビを消し布団に潜る。
次に電気を優先させなければいけないのはスマホだ。
またいつ停電するかなんてわからない。
余震が続く中、長い1日が終わった。http://www.tallycope.org/ranking.html